第37回「行動観察」

 第36回は、「市場調査」について学びました。マーケティングは、消費者に商品やサービスを購入してもらう活動です。そのためには、特定の消費者とその市場のデータを収集・分析し、客観的に把握することが必要です。仮説や検証のないマーケティング活動は、重要な情報を見過ごし、コストや労力を無駄にします。勘と経験は重要ですが、これに頼り切るのは危険です。

1次データの収集方法にはグループ・インタビューなどの定性調査と、アンケート調査など統計的に数値で捉える定量調査があります。調査手法の選択では、正確性と時間・コストは比例しますので、市場調査の設計と実施を十分検討した上で、実行する必要があります。

1.行動観察とは

 第37回は市場調査のうち、新たな領域を切り開く行動観察について学びましょう。著者は、かつて大阪ガスのマーケティング調査子会社での業務経験があります。大阪ガス元社員の松波晴人氏は、米国コーネル大学で修士号を取得し、その後は和歌山大学大学院で博士学位を取得した行動観察の国内第一人者です。

2005年頃、国内では市場調査に行動観察の手法を採用する会社はありませんでした。そこで、松波氏の指導を受けながら、市場調査分野における自社能力の差別化のために、行動観察を採り入れ、様々な実践をした経験があります。

行動観察は、消費者が日常生活の中で無意識のうちに取っている行動を、客観的に把握し、仮説を生み出す手法です。なぜなら、人間の行動には無意識のうちに取られている領域が多く存在するからです。そして、これをできるだけ自然な環境で、観察・記録する必要があります。文化人類学の研究で使われる参与観察と同様、調査者自らが調査対象の社会や集団に加わり、長期に亘り生活環境を共にしながら観察し、情報収集する手法と似通っています。

2. アンケート調査の課題

アンケート調査では、被験者は自身の意識領域にある事象にしか回答できません。そのため、アンケート調査の質問の設定次第で、被験者の意識を誤って誘導してしまう恐れがあります。例えば、「SDGsへの関心が高まっている昨今、あなたも環境に配慮した製品を選ぶべきだと思いますか?」という質問では、「〜すべき」「一般的に高まっている」という前置きが、「はい」と答えるのが正しいという圧力を生んでしまいます。これは、多くの支持を得ているから間違いないというバンドワゴン(楽隊車)効果です。

また、「このデザインについてどう思いますか?」という質問に対して、選択肢を「1.非常に良い 2.良い 3.普通 4.あまり良くない)」とすれば、回答がポジティブな選択肢に偏ってネガティブな意見を出しにくい構造になります。

 誤誘導を回避するには、どのように質問を修正すれば良いでしょうか。前者では、「環境配慮型製品の購入について、あなたのお考えに近いものはどれですか?」と質問します。そして、「なぜそう思うのか」をさらに問うために、自由記述の回答を用意します。その結果、被験者の無意識の行動が言語化されることがあります。

3. 日用品メーカーの事例

ある外資系日用品メーカーは、ハードボトルの洗剤と詰め替え用洗剤を店舗で販売していました。消費者は、既にハードボトルを購入して家庭で使用しているので、ハードボトルは少しだけ、詰め替え用洗剤を多く、棚に並べていました。ところが、行動観察で消費者行動をビデオ録画して分析してみると、消費者は詰め替え用洗剤の表面の情報を読み、その後に棚へ戻していました。そして、次にハードボトルを手に取って、その裏面に記載されている洗剤の成分や用途情報を確認していました。

詰め替え用洗剤の表面に記載されている情報は、ハードボトルの情報と比べて、文字が読みにくいことを発見したのです。そこで、その日用品メーカーや販売店は、以前より多くハードボトルの洗剤を棚に並べることにしました。より正確な情報を入手しようとする消費者の行動に対応したのです。

   

4. 幼児用歯ブラシの事例

幼児用歯ブラシでは、幼児が持ちやすいよう大人より小さい柄のものが製造販売されていました。しかし、幼児の歯磨き行動を観察してみると、細やかな指先の動きは苦手で、歯ブラシの柄を掌でぎゅっと握っていることを発見しました。そこで、幼児用歯ブラシの柄を大人より太いデザインに変更した結果、柄の太い幼児用歯ブラシは、18カ月連続No.1の販売実績を挙げた事例があります。

 このように、消費者調査におけるアンケート調査の限界と、人間の無意識の行動領域の大きさを意識しながら、調査方法を選択することが重要です。ただし、行動観察は1次調査になることが多く、時間とコストが必要です。次回は、ブランド管理について学びましょう。

福嶋 幸太郎    ふくしま こうたろう

著者:福嶋幸太郎 1959年大阪市生まれ。大阪ガス(株)経理業務部長、大阪ガスファイナンス(株)社長を経て、大阪経済大学教授(現任)、経済学博士(京都大学)、趣味は家庭菜園・山歩き・温泉巡り。